帆村壮六、人造人間の謎に挑む! 殺人現場に残された人型ロボットの謎をBGM無しで読ませて頂きました。
おやすみや作業のお供にどうぞ……

……字幕(日本語)を付けております。必要に応じご活用ください。

◇作品:人造人間事件(青空文庫)

◇著者:海野十三 1897年(明治30年)12月26日 – 1949年(昭和24年)5月17日)
 日本SF界の黎明期に活躍した小説家であり、推理作家としても有名である。
 徳島に生まれ、早稲田大学を卒業後に通信省の電気試験所に勤務する。その傍ら、探偵小説など執筆投稿し、1928年に探偵小説「電気風呂の怪死事件」にて作家デビューを飾る。
 第二次大戦後には戦時協力者として公職追放処分を受け、1946年に友人である小栗虫太郎が亡くなり、この頃から喀血など次第に体調を崩すようになる。
 1949年5月17日、結核のため東京都の自宅にて死去する。

◇概要:
 暗い雨空の下、散歩中の帆村の後ろから一台の自動車が彼を追い越し、病院の玄関前に停車した。出てきたのは妖艶な美女で、彼女は病院から出てきた若い西洋人の男とかなり興奮した様子で話し始めた。
 美女の顔色に事件の匂いを嗅ぎつけた帆村は、柱の陰に隠れて彼らの会話に耳を澄ました。
 どうやら大変な事が起こったらしい。
 帆村は、連れ立って歩き始めた男女の後をこっそり追い始めた。

◇チャプター:
0:00:00 1
0:07:41 2
0:16:05 3
0:22:25 4
0:37:15 5

◆一部現代において不適切と思われる表現がありますが、原文を尊重しそのまま読ましていただいております。

◇再生リスト【海野十三】

◇その他のおすすめ朗読
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A mysterious reading that makes you sleepy.
Novel : The Android Case.
Author: Jyuza Unno (26 Dec 1897 – 17 May 1949)

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睡眠、勉強、作業用に、主におすすめ名作小説(文学)或いは怪談(怖い話)の朗読をさせて頂いております。

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人造人間事件 海野十三 1 理学士帆村荘六は築地の夜を散歩 するのがことに好きだった その夜も彼はただ一人で冷い秋 雨にそぼ濡れながら明石町の河岸 から新富町の濠端へ向けてブラ ブラ歩いていた 暗い雨空を見あげると天国の塔 のように高いサンタマリア病院 の白堊ビルがクッキリと暗闇に 聳えたっているのが見えた このあたりには今も明治時代の 異国情調が漂っていてときによる と彼自身が古い錦絵の人物である ような錯覚さえ起るのであった 通りかかった火の番小屋の中から 疳高い浪花節の放送が洩れてきた 声はたいへん歪んでいるけれど 正しく蒼竜斎膝丸の乃木将軍墓 参の旅 である 時計の針は九時を廻って九時半 の方に近づきつつあるものらしい さっき喫茶店リラで紅茶を啜って いたときには八時からの演芸放送 のトップとしてラジオドラマ空襲 葬送曲 が始まったばかりのところだった が 葬送曲だの墓参だのと不吉なもの ばかり並べて放送局も今夜はなんという 智慧のないプログラムを作った のだろう 然し不吉なものが盛んに目につく 時はその源の必ず大きな不吉が 存在しているものだ 帆村はそれを思ってドキンとした なにか血腥い事件が起ったのだろう 殺人事件かそれとも戦争か さっき喫茶店リラで紅茶を啜り ながら聴くともなしに聴いたラジオ ドラマは将来戦を演出している ものだった 東京市民は空襲警報にしきりと 脅え太平洋では彼我の海戦部隊 が微妙なる戦機を狙っているという 場面であった 戦争は果して起るのであろうか 帆村理学士は濠端に出た 冷い風が横合からサッと吹いて きた 彼はレーンコートの襟をしっかり 掻きあわせサンタマリア病院の

建物について曲った 病院の大玄関は火葬炉の前戸のように 厳めしく静まりかえり何処かに シャーリーテンプルに似た顔の 天使の微かな寝息が聞えてくる ような気がした 道傍には盗んでゆかれそうな街灯 がポツンと立っていてしっぽり 濡れたアスファルトの舗道に黄色い 灯影を落としていた そのときだった 一台の自動車が背後の方から勢 よく疾走してきた 帆村は泥しぶきをかけられることを 恐れてツと身体を病院の玄関脇 によせた すると自動車は途端にスピード を落として病院の玄関前にピタリ と停った 彼は見た 自動車の中には中腰になって洋 装の凄艶なマダムとも令嬢とも 判別しがたい美女が乗っていた しかしなんという真青な顔だ うむなにかあったな 帆村はドキンとした 女は濃いグリーンの長いオーヴァ を着ていた 車を返すと非常に気がせくらしく 受付の呼鈴にとびつくようにして 釦を押した ハローウララさん いまごろどうしましたか 突然奥の方から外国なまりのある 男の声がした 見ると丁度このとき病院の中から 一人の若い西洋人が医師の持つ 大きな鞄を抱えて現れた おおジョン まあよかった あたし貴方に会いにきたところ よ とっても大変なことが起ったわ よ 大変なこと大変というとどんな 大変ですか 今家に帰ってみるとあの人が死んでいる のよ あたしどうしましょう おうあの人があの人が死にました か 私すぐ診察に行きましょうか 診察ですってまあ そんなことをしてももう駄目です わ

あの人の頭は石榴のように割れて いるんですもの 石榴というと 滅茶滅茶になって真赤なんです トマトを石で潰したように おおそれは大変どんな訳でそんな ひどい怪我をしたのですか どうしてですって 女は意外だという面持で外人の 顔を見上げた 「 貴郎の御存知ないことをどうして あたしが知っているものですか と声をおとした ジョンと呼ばれる外人はずり落ち そうになった折鞄を抱えなおした ウララさん もしやあの人は何者かに殺された のではないのですか まあ と女は愕いてもちろん殺された に違いありませんわ あたしこれからどうしましょう ジョンは黙って立っていた ウララは苛々した様子で彼の腕 に手をかけ ねえジョン あたしはもう決心しているのよ こうなっては仕方がないわ さあこれからすぐにあたしを連れて 逃げて下さい といって彼の腕を揺すぶった ジョンはまたずり落ちそうになった 鞄を抱えなおしてからウララの 肩に手をかけ ウララお聞きなさい 逃げることはもっと後にしても 遅くはありません それよりもあなたの家に行って みましょう 死体の始末がうまく出来ればいい でしょう さあ急ぎましょう 二人が玄関から出てくる気配なので 柱の蔭に隠れていた帆村はハッと 愕いた 咄嗟に彼は壁にピタリと身体を 密着させた 二人はついにそれには気づかず スタスタと雨の中に急ぎ足に出 ていった それと入れ違いに受付の窓が開いて 看護婦が顔を出した アーラやっぱり誰も居やしない わ

だからあたしはベルなんか鳴り やしないと云ったのに 2 帆村は雨に濡れてゆく背丈のたい へん違った男女の後を巧みに追 っていった 二人は濠端へ出たが自動車にも 会わずそのままドンドン向うへ 歩いていった そして新富橋の上にさしかかった とき女はハッとした様子で立ち 停った 女は向うを指した アラ窓に灯がついているわ 誰もいない筈なのに 橋を越えて濠添いに右へ取って いったところに人造人間の研究 で知られた竹田博士研究所が聳 えている 女は明らかにその家の窓を指している のだった 二人は急ぎ足となった そして一度追い越した帆村をまた 追い越しかえして濠端を駛った 門前ちかくにまで進んだ二人だった けれど何を見たのか俄かに急いで 引返してきた 帆村は面喰った しかし本当に面喰ったのは二人の 方らしかった 男は女を後にかばってツと濠端 に身を引いた 外人の大きな挙が長いズボンの 蔭にブルブルと呻っているのが 判った 帆村はジロリと一瞥したまま平 然と二人の前を通りすぎた 彼は後の方で深い二つの吐息の するのを聞いた 帆村は構わず竹田博士研究所の 門前に近づいた 石段の上に玄関の扉が開け放し になっていてその奥には電灯が 一つ荒涼たる光を投げていた しかし人影はない 彼は構わず石段をのぼっていった 石段を上りきったと思ったら こらッ と大喝一声塀のかげから佩剣を鳴らして 飛びだしてきた一人の警官帆村 の頸っ玉をギュッとおさえつけた 帽子が前にすっ飛んだ まあ待って下さい 帆村ですよ なんだ帆村だとオ

」 警官は愕いて彼の顔を覗きこん でやあこれはどうも失敬 帆村さん莫迦に嗅ぎつけようが 早いじゃありませんか なアにこの辺は僕の縄ばりなんで ネ といって彼は笑った 帆村理学士といえば道楽半分に 私立探偵をやっていることで警官 仲間によく知れわたっていた 彼の学識を基礎とする一風変った 探偵法は検察当局にも重宝がら れてしばしば難事件の応援に頼 まれることがあった かれは有名な悪口家で事件に緊張 している下ッ端の警官たちの頤 を解く妙法を心得ていた ねえ君 これは逃げた梟でも捕える演習 しているのかネ 冗談じゃありませんよ ここの主人が殺られたんですよ ほう竹田博士殺害事件か それにしてはいやに静かだねえ 国際連盟は押入から蒲団でもだ してお揃いで一と寝入りやっている のかネ じょ冗談を といっているところへ表に自動車 のエンジンが高らかに響いて帆 村のいう所謂国際連盟委員がド ヤドヤと入ってきた 雁金検事丘予審判事大江山捜査 課長帯広警部をはじめ多数の係 官一行の顔がすっかり揃っていた お帆村君もう来ていたか 電話をかけたが行方不明だということ だったぞ と雁金検事が彼の肩を叩いた いや貴官がたが御存知ないうち にうちの助手に殺人現場を教え とくのは失礼だと思いましてネ と帆村は挨拶を返した さあ始めましょう 大江山課長は先登に立つと家の中に 入っていった 帆村も一番殿りからついていった 階段を二つのぼると三階が博士の 実験室になっていた そこはだだっ広い三十坪ばかり の部屋だった 沢山の器械棚が壁ぎわに並んで いた

隅には小さい鉄工場ほどの工具 機械が据えつけてある それと反対の東側の窓ぎわには 紫色の厚いカーテンが張ってあって その上に大きな寝台がありその 上に竹田博士の惨死体が上を向いて 横たわっていた 係官は博士の死体のまわりに蝟 集した 実に見るも無惨な死にざまであった 顔面はグシャグシャに押し潰され 人相どころの騒ぎではなかった もし赤い血にまみれ一本一本ピン と立った頤髯の根もとにひとつ かみほどの白毛を発見しなかったら これを博士と認知するのが相当 困難であったろう 竹田博士は年歯僅かに四十歳である のに不精から来た頤髯を生やしていた がどういうものかその黒い毛に 交って丁度頤の先のところに真 白なひとつかみの白毛が密生している ことで有名だった 帆村は竹田博士の死体をちょっと 覗いていただけで間もなく鳩首 している係官の傍を離れた そして彼は室内を改めてズーッと 見廻したのであった そのとき彼の眼についたのは器械 棚と並んで大きな棺桶を壁ぎわ に立てかけたような函の中に納 まっている鋼鉄製の人造人間であった それは人間より少し背が高く中 世紀の騎士がふたまわりほど大きい 甲冑を着たような恰好をしていて なかなか立派なものであった そして頤の張った顔を正面に向け 高い鼻をツンと前に伸ばしその 下に切り込んだ三日月形の口孔 の奥には高声器が見えそれから 円らな二つの眼は光電管でできて いた また両の耳は昔流行ったラジオ のラッパのように顔の側面に取り つけられ前を向いたラッパの口 には黒い布で覆いがしてあった 人造人間に近づいてしばらく見 ているとどこからともなくギリギリ ギリという低い音がしているのに 気がついた オヤ と思った帆村は試みに人造人間 の鋼鉄張の胸に耳を押しつけて みた

すると愕いた事にヒヤリとする だろうと思った鉄板が生暖くそして その鉄板の向うにギリギリギリ という何か小さい器械が廻っている らしい音を聞きとることができた ほうこの人造人間は生きている ぞ 彼は目を瞠って改めてこの人造人間 を眺めなおした そのとき彼は実に愕くべき発見 をしたのだった 呀ッ血だ血だッ 人造人間の拳に血が一杯ついて いる 3 帆村の愕きの声に係官の一行は 函に入った人造人間の前にドヤ ドヤと集ってきた ナニ血がついているって おおこれはひどい やあ函の底にも血痕が垂れている おうちょっと函の前を皆どいた どいた 血痕と聞いて一同爪先だって左右 にサッと分れた ホラホラ ここにもあるウムそこにもある 血痕がズーッと続いているぞ なアんだ寝台のところまで血痕 がつながっているじゃないか すると するとこの人造人間めが博士を 殺ったことになる のかなア えッこの人造人間が殺害犯人とは 一同は慄然としてその場に立ち 竦みこの不気味な鋼鉄の怪物を こわごわ見やった 人造人間はピクリとも動かなかった しかしまた今にも一声ウオーッと 怒号して函の中から躍り出しそうな 気配にも見えた 皆さんはまさかこんな鋼鉄機械 が一人前の霊魂を持っていると 決議なさるわけじゃありますまい ネ と帆村が横合から口を出した さあそこまで考えているわけじゃない がとにかくこの人造人間の右の 拳には博士の顔を粉砕したかもしれない 証跡が歴然と残っている と検事は云った こいつが生きている人間だったら と大江山課長は人造人間を指して いった

私は躊躇なくこいつを逮捕します がネ しかし真逆 そうだ だからわれわれはこの人造人間 が博士を殺害してこの函の中に 入ったまでの運動をなしとげた ことを証明できればよいのだ だがこの人造人間が果して動く ものやら動かないものやらわれわれ には一向分っていない なアに雁金さん こいつが動くことだけは確かですよ 今こいつの腹の中では機械がし きりにゴトゴト廻っているのですよ 誰かこの人造人間に命令することが できればいいのです 見わたしたところ貴官など最も 適任のように心得ますが一つ勇 しい号令をかけてみられては如何 ですか と帆村は手を前にのばした 雁金検事はすぐ顔の前で手をふ った そのとき大江山課長が進みでて こういつまでも訳のわからない 機械を相手にしていたのでは始まり ませんからいつもの手口の方から 調べてゆきたいと思いますがいかが でしょう それもいいですね と検事が同意した そうなるとまずこの家の家族なん ですが夫人のウララ子が見えません ばあやのお峰というのはこの事件 を知らせて来たのでいま警察に 保護してあります ばあやは耳がきこえないのですが 夫人が外出先から帰ってきたの でお茶を持って上ってきたときに 夫人が入っていたこの部屋の中で 惨劇をチラリと見たのだそうです ウララ夫人はいつ帰宅したんですか ばあやの話によると今夜八時を すこし廻ったときだったといい ます すると博士が死体となった鑑識 時刻とあまり違わないネ その夫人が今家に居ないし警察 へ届出もしないというのはどうも おかしい と検事は首を傾げた 帆村はそれを聞いていてなるほど さっきのあれ がそうだなと肯いた

もう一人この家によく出入りしている 人物が居るのです それは戸口調査で分っているの ですが馬詰丈太郎といって博士の 甥に当る男です 彼は一ヶ月前まではこの家の中に 同居していたんだが今は出て五反田 附近のアパートに住んでいます その甥の馬詰というのにもなにか 嫌疑を懸けることがあるのかネ と検事はたずねた 彼は亡った博士の助手をして永 くこの部屋に働いていたのです しかしどっちかというと彼は怠け 者でいつも博士からこっぴどく 叱られていたということです これもばあやのお峰の話なんですが ネ そして彼が博士の家を出るよう になった訳はどうもウララ夫人 によこしまな恋慕をしたためだ という話です なるほどそいつは容疑者のうち に加えておいていいネ そういっているところへ階下から 一名の警官がアタフタと上ってきた そして一同の前にキチンと姿勢 を正して披露した 只今馬詰丈太郎が門前を徘徊して 居りましたので引捕えてございます おおそれは丁度いい 早速その軟派の甥を調べてみよう と思いますが如何で そういう大江山の言葉を雁金検事 はすぐに同意した 4 やがて博士の甥の丈太郎が警官 に護られて階段の下から姿を現 わした 彼は気障ではあるが思いの外キチン とした服装をしている瘠せ型の 青年だった 丈太郎は伯父の死体を見るとハラ ハラと泪を滾した そして後をふりかえって係官の 前にツカツカと進むよりヒステリック な声で喚きたてた だ誰がこの善良なる伯父を殺した のです ああ僕が心配していた事が到頭 事実になって現れたのです だから僕は伯父さんの所から出て ゆくのに気が進まなかったんです さあ早く犯人を逮捕して下さい

検事と課長とはちょっと顔を見 合せた オイ丈太郎 君はなかなか芝居がうまいよう だがその手に乗るようなわれわれ でないぞ と大江山は一喝をくらわせた なにが芝居です そんなことを云う遑があったら なぜ貴方がたはもっと大局に目を 濺がないのです 貴方がたの不注意でいま国家のために 懸けがえのない人造人間研究家 が殺害されたのです 国家の大なる損失です 伯父に匹敵する研究家がわが国 に一人でも居ると思うのですか これには大江山も参ってしまった かねがね竹田博士の身辺を保護 する必要のあることを考えない ではなかった しかしいろいろな手不足のため 心配していながらも博士の保護 を実践しなかったことは確かに 手落である 大江山が敗色濃いのを見てとって 雁金検事が代って丈太郎にたず ねた すると君は外国のスパイかなんか のことを云っているようだがなにか そんな話を知っているのかネ そんな話はこっちで伺いたいくらい のものですよ しかし私だってすこしは気がついて いますよ この向うのサンタマリア病院の 内科医ジョンマクレオなんざずい ぶん奇怪な行動をしているじゃ ありませんか 僕は向うの国の興信録をしらべ てみましたが医者としてマクレオ の名なんか見当りませんよ それにあいつの目の鋭いことは どうです 彼奴は物差こそ持っていないが ひと目睨めば大砲の寸法も分っち まうという目測の大家に違いありません よ あんな奴が帝都の白昼を悠々歩 いているなんざ全く愕きますよ そうか あのジョンマクレオという内科医 がそうなのかと帆村は胸の中で 自ら問い自ら答えた

それこそ今夜あの病院の玄関で ウララ夫人を擁していた男に違い ない 検事はそこでギロリと眼を光らせ 傍に馬のような荒い鼻息をたて ている帯広警部の太い腹をついて 云った サンタマリア病院のジョンマク レオだ 現場不在証明を調べること 警部は返事の代りにお尻のポケット から手帖を出して書きこんだ 馬詰丈太郎は煙草を一本口にくわ えていささか得意げであった オイ馬詰 と突然叫んだのは大江山捜査課長 であった 他人の話なんかお前に聞かされない でもいいんだ それよりお前の現場不在証明を 聞こうじゃないか 博士の殺害された今夜の八時前後 お前は一体何処にいたんだ それを云え 私が何処にいたというのですか 折角ですがそれは別に御参考に はなりませんよ と丈太郎は自信たっぷりだった くわしくいうと私は今夜七時三十 分から八時五十分までjoakにいました よ なんだ放送局にか そこで何をしていたんだ なにって と彼は答えるのをやめて煙草を 口に持っていって美味そうに喫 った akの文芸部に訊いてごらんになれば 分りますよ つまり早くいうと私の書いたラジオ ドラマが今夜八時から三十分間 放送されたのです 出演者はpclの連中でしたがネ そんなわけで私はずっとakのスタ ディオにつめていたんです なんなら貰って来た原作ならび に演出料の袋をお目にかけても いいのですが あああの空襲葬送曲というやつ ですネ と帆村が横合から口を出した そうです お聞き下さったですか ええ聞きましたよ なかなか面白かったですよ

あの地の文章を読んでいたのは 千葉早智子ですか ええええそうです どうかしましたか いや今夜はお早智女史いやに雄 壮な声を出していましたネ それはそうでしょう 戦争ものですからネ 緊張するのも無理はありません 二人は事件をそっちのけにして ラジオドラマの話に熱中していた こっちでは大江山課長が雁金検事 の前に近づいていった ウララ夫人を早く捜しださにゃ いけませんネ 一度外から帰って来て死んでいる 博士をそのままにして外へ出た という行動は腑に落ちませんネ 警察とか医師とかにすぐ電話すべき が本当ですからネ 君あの留守番のばあやは大丈夫 かネ あああれは大丈夫ですよ 老人なんでなにが出来るものですか しかし君人造人間が博士を殺した ことが分ればそんな生きた人間 を調べても何にもならんじゃないか いや人造人間に霊魂がない限り これは生きた人間の仕業に違い ありませんよ うんこの点をハッキリしたいん だがネどうも機械というやつは 苦手だ この人造人間がどうして動くか ということがハッキリ分るとい いんだが そうだ帆村に調べさせよう それがいいですね そこで帆村が呼ばれてこの人造人間 はどうして動くかを調べるように 命ぜられた さあ僕にもまだ分ってはいない が馬詰丈太郎氏は博士の助手を 永らくしていたというから一つ 訊いてみましょう 帆村は馬詰をつれて人造人間の 前へいった そしてどうすれば動くかと訊ねた そうですね 僕はこの新型の人造人間について は知らないんだが一つ中を開けて 見てみましょう そういって彼は物慣れた手つき でドライバーを手にとり人造人間

の胴中をしめつけている鉄扉の ネジを外していった 間もなく人造人間の膓が露出した 膓といっても人造人間のことだから 細々とした機械がギッシリ詰って いてその間を赤青黄紫と色とり どりの紐線が縦横無尽に引張り まわされているのであった なんという複雑な構造だろう 竹田博士の素晴しい脳力のほど がハッキリ窺われるような気が した ことに帆村たちの注意を引いた ものは下腹部に置かれた電池からの 放電により心臓部附近に小さい 赤電球と青電球とがチカチカと 代り番に点滅しそして大小いく つかの歯車がギリギリギリと精 確に廻転している光景だった 霊魂はないにしてもこの機械人間の 心臓も肺臓もまさにチャンと活動 しているのであった こっちが増幅器でこっちが継電器 ですよ と馬詰はドライバーの先で機械 を指した これが身体を直立させるジャイロ です こっちが腕を動かす電磁石装置 こっちのが脚の方です 左右二つに分れていますでしょう 首の方もついでに解剖してみましょう 馬詰は医学者のようにいとも無 造作に人造人間の鉄仮面を剥ぎ とった ほらこれが口の代りになる高声 器です ほほうこの人造人間は目が見え ませんよ 光電管がついていますけれど電線 が外れています これが耳の働きをするマイクロフォン ちょっと待ってくれたまえ と帆村が手をあげた するとこの人造人間はどうすれば 動くかといえば結局このマイク に何か信号音を送ってやればいいの だネ まあ今のところ機械の接続はそうな っていますね ハハアするとどんな信号音を送 ってやればどんな風に動くかという 人造人間操縦信号簿といったような ものがなければならぬ さあ皆さん

その辺を探してみて下さい よオし人造人間操縦信号薄か 」 そこで係官の指揮で刑事たちは 一勢に部屋の中を宝捜しのように 匍いまわった あッこれじゃないかなア 一人の刑事が機械戸棚と後の壁 との間に落ちこんでいる一冊の 薄い帳面をみつけて摘みだした その帳面の表紙にはロボットq型 8号の暗号表 と認めてあった うむq型8号とはこの人造人間ですよ ホラその鉄枠の上にペンキで書いて ある 係官はその暗号表を引張りあい ながら覗きこんだ ほうほう荒天首ヲ左ニ曲ゲル 魚雷首ヲ前後ニ振ル なるほどいろんな暗号が書いて あるぞ 偵察時間ガ来タト発言スル 滑走膝ヲ折ル これでみると人造人間を動かす 号令は短かい単語ばかりだ これを見ると号令単語は四五十 もありますね オヤこれはおかしい どうも変だと思ったら暗号表が 一枚ひき破られているよ うむこれは重大な発見だ おい皆破れた暗号表の一枚を探して みろ 刑事たちは課長の命令で再びその 辺を丹念に捜してみた しかし彼等はついにそれを捜し あてることができなかった どうもないようですよ そうか ウムよしよし それで分ったぞ やっぱりこれは人造人間に霊魂 があったわけでなくやっぱり生きている 人間がこの人造人間を示唆した のだ 犯人はその暗号表を持っている のに相違ない 大江山課長は決然と云い切った とにかく博士の居るこの部屋で 誰かが人造人間に号令をかけたの に相違ない それが誰だか分ればこの事件は 解決するのであった

さあ誰がこの部屋に入って号令 することが出来るか ウララ夫人であろうか 馬詰丈太郎だろうか または怪外人ジョンマクレオ医師 であろうか それとも外の人物だろうか ばあやにつき調べてみると博士 はいつも七時から七時半までを 夕食の時間にあてそれが済むと 一服の睡眠剤をのみ今博士の死体 が横たわっているベッドにもぐり こんで九時半まで丁度二時間という ものを熟睡してその後深夜に続く 研究の精力を貯えるのが習慣になっている そうである すると今夜も博士の夕食後の睡眠 中に何者かがこの部屋に忍びよって 人造人間の前に死の呪文を唱えた に違いない 博士殺害の手段はようやく朧気 ながらも見当がついて来た さあ誰が号令したのだろう 係官は鳩首協議した この上は関係者を全部検挙して そのアリバイを確かめるより外 ありませんネ と大江山は云った そのとき帆村探偵は部屋の片隅 に腰を下して例の暗号表を幾度 も熱心に読みかえしていた 5 その翌日の午後帆村探偵は雁金 検事のもとへ電話をかけた いやあ昨日はどうもいかがです 博士殺しの犯人は決まりました か ウン決ったとまでは行かないん だが重大なる容疑者を捕えて今 盛んに大江山君が訊問している それは誰ですか ウララ夫人だよ えッウララ夫人夫人はとうとう 捕ったのですか どこに居たのですか なあにサンタマリア病院に入院 していたのだよ 別に大した病気でもないのだが ネ するとあのジョンマクレオは怪 しくないのですか マクレオは午後二時から午後九 時半までずっと病院にいたことが 分った

あの外人の現場不在証明は完全 だ そうですか 馬話丈太郎も完全なのでしょう そうだ あの男は放送局に居たことが証明 された 結局残るのはウララ夫人と耳の 聞えないばあやの二人た ばあやはウララ夫人が外出から 帰ってのち使いに山の手までや られたのだがその足で警察へ駈 けこんだ ばあやは博士が殺害されるとき あの家に居たことは疑う余地がない しかしばあやは口がきけない 犯人がもし人造人間に号令をかけた ものとすればばあやは犯人であり 得ない なるほどするといよいよウララ 夫人という順番ですかネ ウララ夫人の帰宅と博士の殺害 とどっちが早いのですか さあそれが判然しない 君も知っている通り死体検索から 死期が推定されるが二十分や三十 分のところはどうもハッキリしない のでネ とにかく大江山君もウララ夫人の 剛情なのには参ったといって滾 しているよ どうも僕には夫人が博士を殺した ような気がしないのですよ 夫人はあの外人と密かな邪恋に 酔っていたでしょうがいまのところ 博士は無能力者であり自分は誰にも 邪魔されず研究していられりゃ いいのであってその点妻君の自由 行動をすこしも遮げていないの です そのウララ夫人が急に博士を殺す とは考えられませんね オヤオヤ君も反対論を唱えるんだ ネ ほうすると外にも反対論者が居 るのですか そうなんだよ 私もそのお仲間だ 私はむしろジョンの行動に疑念 をもつ なにかこう近代科学をうまく利用 してサンタマリア病院に居ながら 五六丁はなれたところに住んでいる 竹田博士を殺害する手はないもの かネ

私はこの点君の応援を切に望む ものなんだよ 帆村は雁金検事の突飛な思いつき を訊いてギクリとした さすがは歴代検事のうちでバケモノ という異称を奉られ人間ばなれ のした智能を持った主と畏敬せら れている彼だけあってその透徹 した考え方には愕くのほかない たとえそれが科学的に実行できない ことにしろ彼の鋭い判断にはブツ リと心臓を刺されるの想いがあった 帆村探偵はかえす言葉もなく電話 を切った 考えてみるとまことに残念でも あり奇怪な事件である 彼は時計を見た 丁度午後二時である 彼は昨夜の現場へ再び行ってみる ことにした 河岸ぶちの博士邸をめぐってどこから 集ったのか弥次馬が蝟集していた 彼等の重りあった背中を分けて ゆくのにひと苦労をしなければ ならなかった 邸内の警戒は昨夜よりも厳重を 極めていた 彼は見知りごしの警官に挨拶を して三階の広間へトントンと上 っていった ほう君はまだ非番にならないか ネ と帆村は昨夜から顔を見せている 警官に云った 駄目なんですよ 私が最初にここへ来たものです から現場を動けないことになっています もっともときどき交代で下へ行って 寝て来ますがネ お得意の手で早く犯人を決めて 下さいよねえ帆村さん ウフそのお得意のお呪いをする ためにこうしてやって来たわけ なんだよ だがどうも人殺しのあった部屋 というのは急に陰気に見えていけない ネ なんとこれは といっているときそのときだった 突然大きな声が部屋中に鳴りひび いた ええ後場の市況でございます 新鐘 と細い数字が高らかに読みあげ られていった

それはラジオの経済市況に外なら なかった 君ラジオの経済市況なんかで寂しい のを紛らしているのかネ 警官はムッとした顔つきで じょ冗談じゃありませんよ帆村 さん 経済市況で亡霊を払いのけることが できるものですか このラジオは勝手に鳴っているんです とても騒々しいので私はむしろ 停めたいのですけれど課長から すべて現状維持とし何ものにも 手をつけるなというのでその儘 にしてあるんですよ えッ現状維持をするとラジオは 昨夜から懸けっ放しになっていた のか しかし変だなア昨夜ここへ来た ときはラジオは鳴っていなかった が それはそうですよ 貴方がたのお見えになったのは もう十時ちかくでしたものネ ミナサンゴキゲンヨクオヤスミナ サイマセを云ったあとですよ 私は今朝睡いところを午前六時の ラジオ体操に起されそれからこっち ずうっとラジオのドラ声に悩ま されているのですよ 御親切があるのなら課長に電話 をかけて下すってラジオのスイッチ をひねることを許してもらって 下さいよ そうか そいつは素敵な考えだッ ええスイッチをひねることがどうして そんなに素敵だというんですか と警官は愕きの目を瞠った 帆村はそれには答えず帽子をつか むとその部屋を飛びだした 警官は後を見送り ああ帆村さんもいい人なんだが どうもちとここのところへ来ている ようだよ 可哀想に と耳の上を人指し指で抑えた それから十五分ほど経った 博士邸の門前はにわかに騒がしく なった 警官が硝子窓から下を覗いてみる と雁金検事や大江山捜査課長など のお歴々がゾロゾロ自動車から 降りてくるところが見えた おやおやまた連盟会議か

一行は階段をドヤドヤと上って 来た どうした帆村君は まだ放送局から帰って来ないか ネ ええ放送局ですって 別に放送局へ行くともなんとも 聞きませんでしたが おおそうか まあいい そうかそうか 一行はなんだか嬉しそうな顔を して時刻のたつのを待っている という様子だった 帆村が再び姿を現わしたのはそれから なお三十分ほどして後のことだった 彼は右手に藁半紙を綴じたパンフレット のようなものを大事そうに持って いた やあ皆さんお待たせしました やっと一部だけ見つけてきました よ 文芸部長の書類籠の中にあった やつを貰ってきたんです といってそのパンフレットを目の 上にさしあげた 一同は呆気にとられている形だった さあいいですか 表状を読みますよ 十一月十一日ak第一放送午後八 時より同三十分までラジオドラマ 空襲葬送曲原作並に演出馬詰丈 太郎とネ これは全国中継です といって彼はパンフレットの頁 を一枚めくった いよいよこれから実験にかかり ますが皆さんこっちに寄っていて 下さい それから博士の死体のあった寝台 の上には誰方かオーバーと帽子 を置いて下さい 雁金検事のオーバーと大江山課長 の制帽とが白布を蔽った空寝台 の上に並べて置かれた それは竹田博士の死体と同じ位置 に置かれたことはいうまでもない 一行はこれから何事が起るかと 唾をのんで帆村の一挙一動に目を とめた さてこれからラジオドラマの台本 を読んでゆきます なにごとが起ってもどうかお愕 きにならぬように

そういって彼は部屋の真中に突 立って大声で読みあげていった 見ていると彼はそれを函の中の 人造人間に読み聞かせている様 であった 然し鋼鉄人間はピクンとも動かない 帆村はジェスチュア交りで一語 一句をハッキリ読みあげていった 彼は昔脚本朗読会に加わっていた ことがあったとかでなかなかうまいもの だった 一座はシーンとして東京が敵国の 爆撃機隊に襲撃されるくだりを 聞き惚れていた すると第一場第二場は終って次 に第三場を迎えた それは太平洋上に於ける両国艦隊 の決戦の場面であった 太平洋上決戦ハ迫ル と帆村は高らかに叫んだ 西風ガ一トキワ強クナッテキタ と地の文章を読む これは昨夜千葉早智子がたいへん 気取って読んだところだ 「 海面ハ次第ニ浪立ッテキタ 呀ッという声が一座の中から発 した おお大変だ 人造人間が動きだしたぞ こっちへどいた ガチャンガチャンと金属音を発 して人造人間は函の中から一歩 外に出た まるで魂が入ったもののようであった 帆村は青い顔をして読みつづける 砲声ハマスマス激シサヲ加エテイ ッタ 砲声 というと人造人間はユラユラと 三歩前進してとうとう室の中央 へ出てきた 一座は鳴りをしずめ片隅に互いの 身体をピッタリより添わせた 墨汁ヲ吹イタヨウニ砲煙ガ波浪 ノ上ヲ匐ッテ動キダシタ 何にも動かぬ 重油ハプスプス燃エヒロガッテ ユク 重油 という所で人造人間はクルリと 左へ向いた 砲弾モ炸裂スル 爆弾モ毒瓦斯モ 爆弾

というと人造人間はツツーと駛 って博士の寝台のすぐ前でピタリ と停った これを見ている一同の顔にはアリ アリと恐怖の色が浮んだ 恐ロシイ爆音ヲアゲテ休ミナク 相手ノ上ニ落チタ 的ヲ外レテ落チタ砲弾ガ空中高 ク水柱ヲ奔騰サセル 煙幕ハヒッキリナシニ うわーッ 一同の悲鳴 煙幕 というところで人造人間は鋼鉄の 太い右腕をふりあげてエイヤエイ ヤと寝台の上を打つのであった 大江山課長の制帽はたちまちク シャクシャになって底がぬけて しまった 帆村はなおも落ついて先を読んだ 烈風 激浪 横転 という三つの言葉が出ると人造人間 は別々の新しい行動を起し遂に 撃沈 という言葉を聞くとすっかり元 どおりに函の中に収ってしまった ハーッ 一同は期せずして大きな溜息を 揃えてついた 「 帆村君ありがとう 君の実験は大成功だよ と雁金検事が夢からさめたように 云った いや恐ろしいやつは馬詰丈太郎 です 彼は博士の熟睡時間をはかって こうして人造人間に殺害させたの です 人造人間操縦の暗号言葉を巧みに 織りこんだラジオドラマを自作 しラジオでもって人造人間に号 令をかける なんという素晴らしい思いつき でしょう しかしこれもきょう電話で雁金 さんが僕に暗示を与えて下すった ので発見できたものですよ 貴官はやっぱり玄人中の玄人ですね いやとても僕なんかの及ぶところ ではありません と帆村は真実心からの敬意を表 したのであった

馬詰丈太郎が伯父を殺したわけ はウララ夫人に対する邪恋を遂 げるばかりではなく博士の財産 も自由にするつもりだったという 彼は事実株に失敗して某方面に 一万円を越える借金に悩んでいた 事が取調べの結果分った事である ウララ夫人は一年のち東京を去 った どこへ行ったのかハッキリ知る 人もなかったけれども丁度その ころサンタマリア病院の若きマク レオ博士もそこを辞して帰国の 途についたということである 問題の人造人間は事件後某所に 監禁せられたままそれっきり陽 の目を見ないという噂であるが この監禁というのは何処にある のか誰も話してくれる者がない

1件のコメント

  1. 昔神田の古本屋で帝国陸軍の極秘という(赤い色の印}を押された「人造人間研究」?という冊子を入手したことがあった。いま手元にない惜しいことをした。

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