太平洋戦争末期、特攻に志願した少年たち。
飛行機で敵の戦艦に体当たりする特攻攻撃。
当時、少年たちは、国を、家族を、大切な人たちを守るため”特攻隊”は、最高の栄誉だと信じていました。
しかし、目の当たりにしたのはベニヤのボートに、竹竿と重さ約80キロの潜水服。
敵の戦艦に体当たりするための飛行機もなくなり、特攻に志願した少年たちはこれらの道具で、自らが兵器になることを強いられました。
死を覚悟した少年たちは、戦争の現実を思い知らされます。
戦争とは、何だったのか?
兵器になった少年たちの声を聞きました。

【2017.8.14 放送】

00:00 イントロ 中津川市の小学校に飾られた富士山の絵
00:19 富士山の絵を描く岐阜の鈴木道郎さん(87)
00:28 約200点以上の富士山を描き続けた思い
01:10 米軍撮影の沖縄戦 その思いは72年前の戦争
01:29 三重海軍航空隊に入隊した鈴木さん
01:57 特攻の選抜に合格 250人中9人
02:17 特攻隊員として死ねるのは最高の誉れ
02:50 特攻訓練のため神奈川県横浜へ
03:11 「こんなので死ぬのか!」奇妙な潜水服
03:30 竹竿と潜水服で爆弾を抱えた人間機雷「伏龍」
04:03 訓練中に多くの仲間が犠牲に
05:12 少年たちの悲しい寝言
05:36 三重県にも特攻志願した少年が
05:51 「棺おけに入る練習や!毎晩」
06:01 命と引き換えのベニヤ板ボート
06:11 志願したのは三重県の高羽明さん(90)
06:31 長崎の基地で特攻ボート「震洋」の訓練
06:53 「震洋」は250キロ以上の爆弾を搭載
07:05 毎夜の訓練は「棺おけに乗る練習!」
07:18 特攻に憧れた17歳の少年と父の思い
09:03 「伏龍」の訓練で次々と仲間を失う鈴木さん
09:39 鈴木さんを支えたのが富士山
10:44 「伏龍」はどんな役割を果たしたのか
11:22 「これでは日本か勝てない!」終戦の一因
11:32 かつては訓練場だった海岸で楽しむ若者たち
11:53 今の若者たちの声
12:07 「どんなことよりも命が大事」 生き残った鈴木さんたちが伝えたいこと
13:06 エンド

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30件のコメント

  1. 特攻や玉砕ありきはもはや戦争ではないし、勝てる見込みなどもない。
    兵隊に特攻を命じるならまずは陸軍参謀総長や海軍軍令部総長から先に出撃するべきでしょう。
    いくら避けようがない戦争だったとしても、止め時を間違いすぎた。
    特攻ありきの作戦。連日の空爆、はては原爆まで落とされてそんな状態で本当にどうにかできると思っていたのか当時の将官たちに聞いてみたいです。

  2. 人間って追い詰められるととんでもないことを考えてしまって、また人が死んでしまうことに慣れてしまうのか感覚も麻痺していく……こういうのが戦争の本当に怖い所ですね。
    人が人で無くなっていくのが恐ろしい😭

  3. 一番悪いのは戦争に駆り立てた軍上層部。確かに時代背景を鑑みて仕方ない部分もあったはずだ。しかし、戦争末期はホントに悲惨だと感じる。
    いつの時代でも「落とし所」を間違えてはいけないな。

    いまの世界は開戦前夜のような雰囲気だ。だからこそニュースやネットなどの情報をきちんと整理し、国民が冷静に物事を考えて行動していかないと一部の政治家やマスメディア、隣国の思い通りになる。国民だからこそしっかりしてほしい。

  4. こんなことしなくても、降伏していればよかったのに、多くの若い命が奪われたのは戦争が憎いです。

  5. 現代の感覚で言えば、あの時代日本人にとってアメリカは怪獣やエイリアンみたいなものだった。降伏なんて考えられなかった。負けても抗っても降参しても滅ぼされる。そう思いもしたらこうもするだろう…。

  6. 大東亜戦争で特攻と聞くと戦闘機というイメージですが、伏龍は考えられない特攻兵器ですよ。訓練で事故が相次ぎ結局作戦中止に追い込まれました。それを誰も知らないことが悲しいことです。
    夜間奇襲特攻兵器震洋もベニヤ板のボートという簡素な物だった。伏龍も震洋も多くの日本人に知ってほしい。経験者が居なくなることこそ恐ろしいことはない。平成生まれだが大東亜戦争の歴史は、涙無しで伝えきれないものだと思っています。

  7. 戦争批判、原爆投下批判してる人はなんだかなーって感じ。
    戦争はなるべくして起きたことだし、原爆はアメリカからすれば死者数を最大限に抑えることができた終わり方だった。
    反省すべきは近衛が南京まで進軍したことと、降伏が遅かったこと。
    それさえなければ日本はもっと強くなれていたし、行き当たりばったりな戦況にはならなかった。
    石原莞爾の言葉にもっと耳を傾けるべきだった。

    原爆って許されざる攻撃だと非難されるけど、ダウンフォール作戦が決行されたら九州を始め、東京に続き、さらにはロシアは北海道に上陸して日本人はもっと殺されてる。

  8. 戦争が一番怖いと思う事は人命を軽く見る事 捕虜になって異国ではてる人 爆弾で命を落とす人 国を守る為に命を投げ出す人 戦地で病による死を迎える人 悲劇は数多あるから戦争は反対です

  9. 「どこの国の軍隊でも死守せよ!死ぬ気で戦え!と激を飛ばすが実際にそれを実行するのは日本軍、日本兵だけである」 チャーチル

  10. うーむ、流石の自衛官でも決死の覚悟はあっても必死の覚悟はないかな!
    人財を損なわないように長射程ミサイルと魚雷を積極的に取り入れて欲しいですよね!!😊

  11. 往生際の悪い日本軍だった。
    人をミサイルにしてまで戦う時点で敗北は決定的。
    愚かな戦犯者達。
    挙句に核落とされて、、、
    この若い命がどれほど尊い物だったか、、

  12. 言葉が見つかりません
    それでも人の役にたちたいとこの春自衛隊に入りました
    愚痴もこぼさず倒れるまで訓練に挑むと言う孫は私の誇りです

  13. 生後5ヶ月の息子がいます。
    「お母さん」と寝言で言いながら息子が死んで行くことを考えたら涙が止まりませんでした。戦争は国と国との戦いだけど、その中にいる人には皆家族がいるんですよね…

  14. 国の為に死ねるのは最高の栄誉とされていたからこそですよね。
    しかし死を前提に、死ぬ事を計画に入れる事が既に計画でも作戦でも何でもない。
    その時代の正しさに身を置いた英霊達を否定はできない。だけど戦争は否定する。してはならない。

  15. そもそもアメリカに勝てるわけなかった。考えれば最初からわかってたはず。

    日本はアメリカに攻められてヒーヒーっ言ってた時アメリカは普通に楽しく過ごしてたんだから

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