代打の神様です。プロ野球界の裏エピソードを動画にしています。

今回の動画では多数のスター選手を輩出しながら、
阪急が身売りに傾いていった動きとその理由について紹介します!

※敬称について
本来なら「さん」「氏」など敬称をつけるべきですが、
ナレーションが不自然になってしまうため
あえて”敬称略”とさせていただいております。

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#阪急ブレーブス
#プロ野球
#オリックス

46件のコメント

  1. 阪急は実力はあっても不人気球団でした、簡単に言ってしまえばプロ野球は庶民の娯楽、熱を入れ上げてなんだかんだ浪費してしまうのはお上品な阪急ではなくお下品な阪神沿線住民って話だと思いますよ。
    かつてだったら近鉄イテマエ打線ファンとなったであろう近鉄沿線庶民は難波直通運転で甲子園に通ってますね。
    神戸グリーンスタジアムの所在地からもわかりやすいですが、現オリックスは阪急沿線のお上品な住民ではなく長田や三田、小野、播州など神戸駅以西の庶民をターゲットにしてますね。

  2. 同じ年に身売りした南海ホークスは、身売り前から大きくマスコミに取り上げられたけど、阪急ブレーブスは、その隙間をぬって身売りを公表した感じで南海ホークスほど目だたなかった印象があります。
    南海ホークスファンの身売り反対の署名集めとかもあったし、南海ホークスの大阪球場最終戦は当時では珍しくファン、観客で満員になったのは覚えてるけど、阪急ブレーブスの西宮球場最終戦の記憶があまりないです。やはり最後まで内密に事がすすめられていたんだなと思いました。

  3. 阪急ブレーブスがなくなる…当時は信じられなかった!西宮北口駅で降りても西宮球場がないのは今だに信じられない⚾!

  4. 今では、阪急阪神ホールディングスがタイガースの親会社です。旧阪急グループの方が発言権が強いそうです。

  5. 発表された日 先に発表されてたダイエー買収と10.19の熱き戦いしか意識が向いてなかったからニュースで知った時
    マジで😮❓ って感じだったな

  6. 阪急の身売りもショックでしたが、数年後にブレーブスの名前が無くなったのが、1番嫌だった・・・・・

  7. 当時ファンクラブに入会していました。
    阪急は12球団一ファンサービスにとても力を入れていました。

    忘れもしません10月19日…
    その4日後ブレーブス最終戦
    身売り発表からたった5日後に阪急ブレーブスは消えてしまった…
    40年近く経った今でもあの日の衝撃
    心の傷は癒えていません…

  8. 「オリエントリース」だけでなく“全く無関係の”「オリエントファイナンス(現在のオリエントコーポレーション、略称オリコ)」にも抗議の矛先が向いたそうだ。

  9. まぁブレーブスと宝塚のどっちかを手放せって銀行に迫られて宝塚手放すなんて選択肢を選ぶ経営者がいたらただのバカだしなぁ…
    当時のパリーグなんてどこも閑古鳥でなんのために存在してるのかもわからないような状態だったし

  10. 強くても人気ないチームの選手にはギリギリまでなにも知らせず今じゃあドル箱球団手玉に取って一件落着かい?
    小林一三先生泣いてますよ

  11. 当時、南海ファンで悔しい思いをしました。
    阪急身売りが報道された時、心から同情するとともにあまりに発表から最終戦まで時間のなさに驚愕しました。
    球界再編問題の時を思い出してもオリックスという会社、球団はそういう体質なんだろうな…とこの動画をみてなんとなく納得させられてしまいました。

  12. 当時はバブル景気の真っ最中で、阪急も茶屋町など梅田駅周辺の再開発や北摂地区の宅地造成など大型不動産案件をいくつも抱えており、資金調達を図るためには不採算部門のいずれかを整理する事で財務規律がきちんと存在している事を示す必要があった、という面も。

  13. 阪急ブレーブス身売りの解説の中で一番的確で素晴らしい
    今から思えば身売りは仕方ないとしてもブレーブスの名を変えたのは愚策でしたね

  14. 確か山田さんだと思うが上田監督も相当動揺していたらしく、山田さんと福本さんへ「阪急は”オリエントファイナンス”に身売りしたんや!」と話していたそうで…。動画では省かれていたけど、福本さんは「所詮〇〇やからなオーナーは!」と小林オーナーをボロクソに批判しまくったせいか、あれほどの大選手なのに未だに監督の声がかからない。

  15. この秘密裏の買収劇には、上田監督ら球団関係者のほかにあの『ヤジ』で有名な『今坂応援団長』も球団に呼ばれ、小林社長から直々の通達を受けたという『都市伝説』があった模様。

    ブレーブス愛が高じて阪急電鉄保線部門の『正社員』となって、内外に『熱烈ファン』として『認知』されていた知名度を尊重したがゆえの待遇か。しかし口頭内容は、愛する球団の『事実上の消滅』とあっては、さすがの団長も茫然自失するほかなかったのだろうと……………………  改めて1988年10月19日は『日ハム』を除いたパ・リーグにとって、なんでもありの特濃な1日だった。

  16. 阪神といずれは同じグループになる構想は当時からあって二つの球団は持てないのでどちらを残すかと考えたら当然 阪神タイガースとなった。

  17. 数十年後には
    オリックスバファローズに変わる
    宿命でしたね~
    ちなパ・リーグは鷹党です。
    悪しからず。

  18. 小林社長は結局、創業者である父の言葉を反故にし、ブレーブスを売却した。この判断が、どれだけの野球ファンの心を踏みにじった事か。その意味では、小林社長は憎んでも憎み足りない、下衆そのもの。
    それから「三和銀行」を「みわぎんこう」と読むのは、明らかな間違い。

  19. 阪急は強かったがスタジアムは閑古鳥で人気球団とは言えなかった。人気なら阪急も手放さない。

  20. どの球団でもあり得る話。
    現在は中日が身売り話出てるし、阪神
    巨人でも50年後〜100年後と言う未来予想したらあり得る話だよ。長嶋茂雄の我が巨人軍は永久に不滅ですという名言は当時の長嶋さんと当時のファンの思いの名言ですからね。

  21. 寧ろ……?此処まで阪急本社はよく我慢した方だよ。宝塚歌劇団の方も当時は黒字化まで至ってなく宝塚以上に毎年莫大な赤字を生むブレーブス事業。S52年の3連覇しても球場にはお客が運んでくれなく設けたのは百貨店のみ 究極の選択での宝塚を取るのか?ブレーブスを取るのかと銀行から求められての宝塚歌劇団を選んだのも仕方ないと(当時の家は西宮球場からチャリで5分の処だったので超地元民)

  22. 阪急のチケットをもらっていて、最終戦だから、見に行きましたが、阪急としての最終戦で全て無料になっていたことを思い出しました。裏では、こんなことがあったんですね。大変興味深く見させて貰いました。ありがとうございます。

  23. 巨人、阪神、中日、阪急の四球団は戦前からの老舗名門で、他の球団と比べて特別な存在でどんな事があっても身売りはないと言う常識が当時あった中での身売り騒動はまさに寝耳に水だったそうです

  24. 三縁会の宮古島視察が球団売却の始まりという話が出ていましたが、後のオリックス球団のキャンプ地がなんと宮古島だったのは、あまりにも出来すぎな偶然というべきではないのだろうか。

  25. 強豪に返り咲いた後進オリックスも、「不人気」の伝統は見事に引き継いでますな。「(線路を歩く方が)阪急の試合を見るよりはましだ」って、いしいひさいちにネタにされていた頃と全く変わらないです( ゚Д゚)

  26. 三和銀行=さんわぎんこう 現代でも訴訟にはなりませんね。法的には何の問題もない。当時のTVCM料金はゴールデンタイム以外では15秒で平均30万くらいかな。1局で100本、4局合わせて400本で1.2億。1日20本3か月で1800本。4局で7200本締めて21億6千万。Gタイムや製作費まで入れれば30億ぐらいは簡単に必要。オリックスが宣伝に買収するとってもビジネス的には妥当でしょう。それにオリックスはすでにメジャーリーグでの球団経営ノウハウも学習しており、これが後に日本のプロ球団経営に影響していきます。突然の球団譲渡と言いながら、オリックスは決してファンをないがしろにしているわけではなく、ブルーウェーブと球団名を変えてもブレーブスのロゴは大切にしていたし、後に近鉄が身売りした時も、宮内オーナーは近鉄に親身に相談に乗り、ファンにはバッファローズの愛称を残すという決断までしています。ちなみにオリックスが阪急・近鉄の身売りに係わったのは、電車のリースの件からでしょう。電車という奴は1両で1億以上する物件ですから、ほとんどリースです。西鉄や大毎、東映などの身売りのようなことを考えれば、オリックスは極めて真っ当なことでやっています。今のプロ野球におけるファンサービスなどはオリックスが手始めとさえ言えます。巨人などは「勝つことがファンサービス」と驕り、有力選手を金で獲得することばかりやってファンサービスに資力を割かなかったことが、人気凋落の一因となりました。それに比べて読売以外の各球団の観客動員はあのころに比べれば格段に増えています。セの各球団が読売頼みから脱却できた(特に阪神)のも、西日本の球団ばかりが身売りに出され、その中でオリックスがしっかりと球団経営の形を見せ、それを身近に見て取り入れたからですよ。今はセも読売戦以外のカードの方が客の入りが良い。
    阪急は元祖赤鬼のスペンサー、米田、梶本や足立、長池、大熊、岡村などが活躍した時代を知っています。身売りは残念でしたが、オリックスは良い経営をしたと思っています。

  27. 阪急最後の試合は西宮球場で観ました。上田監督の挨拶が済んだ後だったか、観客席に「小林アホ!小林アホ!」の大合唱が巻き起こったのを覚えています。

  28. 身売りなんてトップシークレット中のトップシークレットだもの
    正式発表まで社員も知らないのは当たり前
    オリックスも阪急もちゃんと一流の企業だったということ
    それに比べると、話が漏れ出た南海とダイエーは・・・
    どっちの側から漏れたのかわからないけれど、会社として二流ですね

  29. 初優勝時のオーナーの小林米三に嫡男がいたら…。
    娘だけだったとしても、それが実子で、婿(夫)に睨みを効かせられたら…。
    史実通り、米三に実子がいなかったとしても、米三が八十九十まで長生きして、ドラ婿養子公平を廃嫡してたら…。
    阪急全盛期から既に、会社やファンの間から出ていた、京都移転構想が陽の目を見ていたら…。

    これらのどれか一つでも史実になってれば、今でも阪急ブレーブスはあった筈…。
    その後の球史も違い、合併も無かった筈…。

    阪急が不人気ってのは誇張で、有名人にもファン結構いるし、客の入る日は入ってた。
    いつもニュースはスカスカの外野席ばっかり映してたけど、内野席には結構固まってた。
    阪神だって読売戦以外はスカスカだったし、特に消化試合なんて見られたもんじゃなかった。

    「たられば」だらけで、悔やまれてならないよ…。

  30. 阪急が宝塚歌劇とブレーブスのどっちを手放すかとなった時に、宝塚歌劇が残ったのは
    阪急重役に宝塚歌劇団女優と結婚した者がかなりいたのも影響してたんですよね~。

  31. 今でこそパ・リーグのチームにも脚光を浴びるチャンスが与えられるけど、当時のパ・リーグチームは日本シリーズに出ないかぎりは、見向きもされなかったよ。
    三冠王を3度獲った落合博満氏だって、今でこそレジェンドだとか、史上最高の右打者と称させれているけど、所属チームのロッテが優勝争いにすら参加できなかったから、当時はたいして脚光を浴びてなかったよ。清原和博氏くらいだったんだよ。セ・リーグチームの選手と同じくらい有名なパ・リーグの選手は。
    そのくらい巨人との対戦が無いパ・リーグでの球団運営は厳しかったんだよ。

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