<メッセージの紹介>
この日は「信徒メッセージ」ということで、当教会の幸島執事が礼拝メッセージを担当してくださいました。幸島執事は、あのダビデ王が犯した大罪のエピソードを分かりやすく、また、鋭く説き明かしてくださいました。
問1「人は、如何にして、大きな罪を犯し得るのか?」また、問2「人は、どのような時に罪を犯しやすいのか?」そして、問3「どうすれば、私たちは罪を犯しにくくなるのか?」という大事なテーマをみことばから説明してくださいました。
まず、問1「人は、如何にして、大きな罪を犯し得るのか?」という問いに関して、私たち人間には「神様が与えてくださった、善悪を判断するための良心」というものが存在します。しかし、この良心は完全ではありません。もしも、私たちが良心を無視して歩み続けるなら、私たちは、いくらでも、大きな罪を犯してしまうのです。
そして、問2「人は、どのような時に罪を犯しやすいのか?」ということに関して、ひょっとしたら、私たちは、何か試練にあっている時、病や困難な状況にある時に罪を犯しやすいと思ってしまっているかも知れませんが、聖書を見ると、そうではありません。私たちは、自分の人生が順調な時、上手くいっていると思っている時にこそ、罪を犯しやすいのです。
最後の問いに関しては、ぜひ、このメッセージを視聴して、ご確認ください。私たちは、神様のみことばを伝えることで、皆さんがますます、聖書の真理を知ることができるようになり、霊的に成長していってくださることを願っています。
#八田西キリスト教会 #幸島章介 #旧約聖書 #サムエル記 #ダビデ #バテシェバ #姦淫 #殺人 #不倫 #良心の麻痺 #高ぶり #高慢 #ウリヤ #預言者ナタン #ヨアブ #他人の罪 #他人に厳しい #自分に甘い #DavidYu
<メッセージ動画の構成とタイムライン>
0:00 導入&命題:ダビデ王が犯してしまった過ちについて
7:04 Ⅰ・ダビデが犯した姦淫の罪!(1-5節)
15:12 Ⅱ・ダビデが犯してしまった、さらに大きな罪!(6-27節)
26:27 Ⅲ・ナタンによる指摘と、ダビデの悔い改め!(Ⅱサムエル記12章)
34:20 <励ましの言葉>
43:10 メッセージ終了
●聖書個所(新改訳第三版):第2サムエル記11章1-27節
1 年が改まり、王たちが出陣するころ、ダビデは、ヨアブと自分の家来たちとイスラエルの全軍とを戦いに出した。彼らはアモン人を滅ぼし、ラバを包囲した。しかしダビデはエルサレムにとどまっていた。
2 ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。
3 ダビデは人をやって、その女について調べたところ、「あれはヘテ人ウリヤの妻で、エリアムの娘バテ・シェバではありませんか」との報告を受けた。
4 ダビデは使いの者をやって、その女を召し入れた。女が彼のところに来たので、彼はその女と寝た。──その女は月のものの汚れをきよめていた──それから女は自分の家へ帰った。
5 女はみごもったので、ダビデに人をやって、告げて言った。「私はみごもりました。」
6 ダビデはヨアブのところに人をやって、「ヘテ人ウリヤを私のところに送れ」と言わせた。それでヨアブはウリヤをダビデのところに送った。
7 ウリヤが彼のところに入って来ると、ダビデは、ヨアブは無事でいるか、兵士たちも変わりないか、戦いもうまくいっているか、と尋ねた。
8 それからダビデはウリヤに言った。「家に帰って、あなたの足を洗いなさい。」ウリヤが王宮から出て行くと、王からの贈り物が彼のあとに続いた。
9 しかしウリヤは、王宮の門のあたりで、自分の主君の家来たちみなといっしょに眠り、自分の家には帰らなかった。
10 ダビデは、ウリヤが自分の家には帰らなかった、という知らせを聞いて、ウリヤに言った。「あなたは遠征して来たのではないか。なぜ、自分の家に帰らなかったのか。」
11 ウリヤはダビデに言った。「神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも、私の主人の家来たちも戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることができましょうか。あなたの前に、あなたのたましいの前に誓います。私は決してそのようなことをいたしません。」
12 ダビデはウリヤに言った。「では、きょうもここにとどまるがよい。あすになったらあなたを送り出そう。」それでウリヤはその日と翌日エルサレムにとどまることになった。
13 ダビデは彼を招いて、自分の前で食べたり飲んだりさせ、彼を酔わせた。夕方、ウリヤは出て行って、自分の主君の家来たちといっしょに自分の寝床で寝た。そして自分の家には行かなかった。
14 朝になって、ダビデはヨアブに手紙を書き、ウリヤに持たせた。
15 その手紙にはこう書かれてあった。「ウリヤを激戦の真っ正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ。」
16 ヨアブは町を見張っていたので、その町の力ある者たちがいると知っていた場所に、ウリヤを配置した。
17 その町の者が出て来てヨアブと戦ったとき、民のうちダビデの家来たちが倒れ、ヘテ人ウリヤも戦死した。
18 そこでヨアブは、使いを送って戦いの一部始終をダビデに報告するとき、
19 使者に命じて言った。「戦いの一部始終を王に報告し終わったとき、
20 もし王が怒りを発して、おまえに『なぜ、あなたがたはそんなに町に近づいて戦ったのか。城壁の上から彼らが射かけてくるのを知らなかったのか。
21 エルベシェテの子アビメレクを打ち殺したのはだれであったか。ひとりの女が城壁の上からひき臼の上石を投げつけて、テベツで彼を殺したのではなかったか。なぜ、そんなに城壁に近づいたのか』と言われたら、『あなたの家来、ヘテ人ウリヤも死にました』と言いなさい。」
22 こうして使者は出かけ、ダビデのところに来て、ヨアブの伝言をすべて伝えた。
23 使者はダビデに言った。「敵は私たちより優勢で、私たちに向かって野に出て来ましたが、私たちは門の入口まで彼らを攻めて行きました。
24 すると城壁の上から射手たちが、あなたの家来たちに矢を射かけ、王の家来たちが死に、あなたの家来、ヘテ人ウリヤも死にました。」
25 ダビデは使者に言った。「あなたはヨアブにこう言わなければならない。『このことで心配するな。剣はこちらの者も、あちらの者も滅ぼすものだ。あなたは町をいっそう激しく攻撃して、それを全滅せよ。』あなたは、彼を力づけなさい。」
26 ウリヤの妻は、夫ウリヤが死んだことを聞いて、夫のためにいたみ悲しんだ。
27 喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行ったことは【主】のみこころをそこなった。
はいえでは今日も御言葉を学びたいと思い ますダビデが犯した罪というテーマで今日 はメッセージをさせていただきますえまず 最初にえローマの手紙の2章の14節15 節をえお読みしたいと思いますえ立法を 持たない異人が生れつきのままで立法の 命じる行いをする場合は立法を持たなくて も自分自身が自分に対する立法なのです彼 らはこのようにして立法の明示に行いが彼 らの心に書かれていることを示しています 彼らの両親も一緒になって明ししまた彼ら の思いは互いに責めあったりまた弁名 し合ったりしてい ます私たち違法人は立法を持たないもの ですしかし立法の命じる行いを知ることが できますどうやってでしょうかそれは両親 によってです 人はユダヤ人のように神の立法を持ってい ませ んしかし心の中に両親によって何が善で あるかまた何が悪であるかといったことを 判断できるんです ね悪に対してはそれをしようとする働きが あるんです両親が痛むという表現があり ますけれど人間は紛れもなく道徳的な存在 であります神様がその両親を通して私たち の心の中を中で証ししておらんです ねどなたにも両親というものがあります これは天地万物をお作りになった想像者 なる神様が人間に与えてくださった 素晴らしいものの1つです人間はアメバ から偶然に進化してそしてできたもんでは ないですよね天と地をおつりになった誠の 神様によって人間として想像されまし 多くの人が信じてる新からによっては両親 というものは決して説明できませ ん皆さんは箕面にあるお猿さんていうのは ご存知ですよね有名ですよねテレビでよく 出てきますその箕面のいてるお猿さんの 被害が最近多いんですね何の被害かと言い ますと天使た店の方々が物を作りますお 弁当を作りますお菓子を作ります販売する ために作るんですねそのお菓子を狙って猿 お猿さんが奪いに来るんですまた観光客が 行きます観光客がそこで自分のお菓子とか お弁当とかひげて食べてると猿が後ろから やってきてそれを取るんですね逃げていく んですバナナ捉えましたねそんな被害が いっぱいあるんですねそして人間に危害を 加えることもありますで彼らは両親がある んでしょうか両親があったらできませんよ ねああの奥さん朝から一生懸命早く起きて ね作ってるでそういう作ってるもをね自分 は奪っていいんだろうかまずいなそんな できないな猿考えます考えませんよね自分
の生きることだけで精杯ですから餌を取ら なくていけないだから猿は問に行くんです よね両親がた絶対できないです また 最近畑を荒らす熊の話でもテレビで出て まし たの方たが一生懸命聖痕かけて作を作る わけですそのサあ作を作ったものを熊が 狙いに来るんですねまあの山中にたくさん の身とかそういうのがなくなってきても 事実ですけど農家にやってきてそして人間 の作るもの美味しいですから食べていくん ですクに両親があったらいやあ百姓さん あんな朝早くか作ってるなって悪いなと 行って行けるんだろうか考えませんよねク は生きていくためにその餌を飛んに行くん です作物を飛んに行くんですねだからそう いった動物の行動を見ても両親が動物に あるとは思いませんよ ねとこで両親という言葉は誠の意味は何 でしょうかそれはないないと共に知ると いう意味を持っています神と共に知る判断 することをさしているんですねつまり神様 が私たち人間に両親という素晴らしい見役 を与えてくださいましたこの両親は神と共 に協力し働きそして悪いことを見逃したり 多めに見たりしないんですですから私たち は神えマの神様を知らないとしてもこの 両親によってしばしば善悪を見分けること ができるんですこれは神様が与えて くださった素晴らしい賜物なんですね しかし人間の用心は注意していないと あなたが置かれている環境によってまた あるいは子供から大人に成長するにつれて 罪を重ねていくとだんだん鈍感になって いくん です最近は恐ろしい殺人事件が続発してい ます人間の両親も長い間本当に罪を犯して いると麻痺してしまうことがあるんですね よくよく注意する必要があります皆さん そんな経験ないでしょうか子供の頃は お母さんに怒られるねおになってきたらま いいかってそういうになってしまうんです ねある外国人が両親について次よな説明し たことが載ってましたつまり両親とは例え て言えば三角形の角がとんがったものが心 に入ってるんですねでそれがくるくる回っ てるって言うんですそしてその都度その 都度私の心を尖ってるとこで刺すんです 痛いですよね両親がとめるってそういう ことなんですねしかしずっと回って回っ てるとだんだんかっこが丸くなってきます 当たってもそれが痛く感じないんです年数 を重ねるとそうなっていくって言うんです ねそれが両親なんだと説明してました私は
なるほどなと思ったんです子供の頃は両親 がとめて大人になればだんだんずくなって きてまあいいかこのぐ許してくれろと思っ てしまうんですねだんだん尖ってるとが 丸くなっていってるん ですこれが両親の麻痺というものなんです ね神様から与えられた両親ですけど様々な ことを経験することによって両親が鈍く なってきます自分の考えを基準として行動 してしまがあるんですねそうなってしまう んですってしまっ たら良品が真ししてしまったその結果 大きな罪を犯してしまった人物に今日は 焦点を合わせてお願いしたいと思います第 2サ期の11章を見てください前にもえ出 てますけどえ11章の1節から5節を え御言葉お読みしたいと思い ます年が改まり私たちがする頃ダビデは アブと自分のケラたちとイスラエルの全軍 と戦いに出した彼らはアモン人を滅ぼし ラバを放したしかしダビデはエルサレムに とまっていたある幽霊時ダビデはイから 起き上がり応急の屋上を歩いていると1人 の女が体を洗っているのが屋上から見えた その女は非常に美しかったダビドは人を やってその女について調べさせたところ あれは人ウアの妻ででエリアの娘バシでは ありませんかと報告を受けたダビデは使え のものにあってその女を召し入れた彼女は 彼のとこに来たので彼はその女と寝た彼女 は月のものを汚れを清めていたそれから女 は自分の家に帰った女は見守ったので ダビデに人をやって告げた私は見守りまし たこの都が改改まりとありますけど冬が 過ぎて春が来たということなんです イスラエルの暦ではアビブの月と言って 新年の始まりとなりますこの月は イスラエルがエジプトから脱出したことを 出したは月なんですねイスラエルでは質 エジプトきてありますよね質エジプトが 民族の歴史の始まりなんです新しい都市の 始まりでもあったんですこれは太陽歴の3 月から4月にあたりレバノンザの雪解水で エリコやヨルダンの平原が潤いそして大麦 の収穫で修学が始まる時期でもありまし た2節をご覧くださいそんなある日の 夕暮れ時にダビデが床から起き上がり応急 の屋上を歩いていると1人の女が体を洗っ てるのが見えました彼女は立法に従って月 の者の汚れを清めていたとありますダビデ はそれを見てこれはいけないと思った でしょうがその美しさに巻いてしまいまし たそれをじっと見て見てしまいましたこれ は 人が罪に陥る最初のステップなん
です見なくても良いものを見てしまうん です凝視してしまうんですこれはいけない と思った時点で見るのをやめればいいん ですけどずっと見てしまうんですそんな 経験皆さんないでしょうか第1ヨハネの2 章16節には全ての世にあるものすなわち 肉のよく目のよく暮らし向きの自慢は道 から出たものでなく世から出たものだから ですですとあり ます彼はこの目の良くにすっかり魅了され てしまったんですねそれだけでありません 3節にはダビデはその女について調べさせ たとありますその結果彼女は下人ウリアの 妻バテシバであることが分かりました使い を送って彼女を召し入れたテジとはカナン の先住民の1つですつまり彼女は イスラエル人にはないんです人という 異邦人出身の妻だったんですしかしダビデ はそんなこと全くお構いなしでした召し 入れてしまいました彼はただ自分の肉の欲 に従って行動したんですねさらに4節を 見るとダビデは彼女を召し入れ彼女と寝 ましたこれは大きな罪ですこれは部下の妻 と不倫会員の罪ですよね彼は自分が王で あることを利用しその権威を自分の欲望を 成し遂げるために用いたんですこの時夫の ウアは戦争に出かけていました王の命令に 乗って命がけで戦っている時だったんです その過労のあその家臣の妻に手出したん です ねダビデは主神様を信じている信仰者とし て非常に有名ですよねそんなことはしして はいけないというぐらい分かっていたはず なんですしかし彼は神が1回の羊会でしか 過ぎなかった自分をイスラエルの王にとさ れたことを感謝してその恵みを誰よりもは 体験した人ですよね しかしこんな神様の素晴らしきことを経験 しているのに私の欲情は突き動かされて しまったんですそんなことは全く歯止めに なりませんでし た一体なぜ彼は罪に陥ってしまったん でしょうかダビデほどの信仰者がこのよう に罪に陥っていくとなれば私たちはどんな に注意しても私は罪を犯しませんなんて わる保証は1つもありませんよね罪の力 っていうのはそれだけ大きく本当に不気味 なもんなんです神様を信じれば神様に 従おうと努力していればそれこと修道に 入って毎日私はお祈りし ます奉仕活動し ますとしてもそれを防ぐことなことはでき ないんです ね罪に陥るなんて住むなんてその保証は ないんです人間は弱いです
からダビデは若かり頃ゴリと戦った時に 誘拐に立ち向かいましたこの戦いは死の 戦いだ自分が戦うんではなくし神様が戦っ て勝利を得させてくださるんだと信じて出 てきまし た今とダビデ全く違いますよねなんとと いう謙虚な知えでしょうかしかし時間と 権力と財力と持つと人は変わっていくん です信元16章の18節にこう御言葉が あります高ぶりは破滅に先立ち心の傲慢は 倒れに先出とありますまさに傲慢になって しまったんです破滅の一等をたってことに なったんです ね私たちが霊的に1番危険な時は 私信仰生活でいろんな試練があります困難 があります様々な戦いがあります私たちて 本当に弱いなと思う時があり ますどうしようもないなと思う時もあり ますよねでそんな弱さに中にある時では実 はないんですねこのように神様から低され て素晴らしい立場にある時で1番注意が 必要なんですダビデもこの国を立てました そしてことに安住し て一心で走ることやめてしまったんですね 戦争することやめてしまった戦いすること やめてしまったんですそして神殿の上で遠 を眺めてゆっくりしていたん ですその時にだんだん だんだん高ぶって公になってしまって自分 が最初の 死と戦うんだて言ったその謙虚な気持ちを 忘れてしまっ てこの罪に犯してしまったんですこのよう な時は本当に注意が必要です私たちはいつ も死の見舞にへりくだって謙遜に歩ま なきゃならないんですそしてイエス様が おっしゃられたように誘惑に陥らないよう に私たちは祈るべきなんですねダビデは 他人と妻と似た時にそれだけのことだと 考えていたかもしれまませしかしそうでは ありませんでした折にあるようにバテは身 持ってしまったんです彼女はそのことを ダビデに告げますそしてそっからさらに 深刻な話を展開していくことになるんです ね6節から13節まで聖書を読したいと 思いますダビデはゆのとこに入人をやって 人ウアを私のとこに遅れと言わせたそれで アブはウリアをダビデのとこに送ったが彼 のとこに入ってくるとダビデはアは無事で いるかまた兵士たちも変わりないか戦いは うまくいってるかと訪ねたそれからダビデ はウリアに行った家に帰ってあなたの足を 洗いなさいウリアが王宮から出て行くと王 からの玉が贈り物が彼の後に続いたしかし ウリアは応急のものありで自分の君のけれ
たと皆と一緒に眠り自分の家には帰ら なかったダビデはウリアが自分のに帰れ なかったという幸せを聞いてウリアに言っ たあなたは遠征して来たのではないかなぜ 自分の家に帰らなかったのかウリアは ダビデに言った神の箱もイスラエルもユダ もカリオに住み私の主人ヨアもわの主人の ケたちも戦場で野していますそれなのに私 だが家に帰り飲み食いして妻と寝ることが できましょうかあなたの前にあなたの魂の 前に誓います私は決してそのことをいたし ませんダビはウアに言った今日もここに とどまるが良い足になったらあなたを 送り出そうそれでウリアはその日の翌日 エルサレムにとうことになったダビデは彼 を招いて自分の前で食べたり飲んだりさせ 彼を酔わせた夕方ユリアは出て行って自分 の主君のきたちと一緒に自分の寝に寝た そして自分の家には行かなかっ たダビデはバテシバ見守ったことを知ると ユのとこに人を使わしましたウリアを自分 のとこに越させてそして選挙についで 訪ねると家に帰って足を洗いなさいと言い ましたどういうことでしょうかこれは ダビデが行ったことを隠蔽するための工作 なんですバテシバが妊娠が通常の夫婦生活 で夜もと見せかけをしたんです ねウリアがバテシバのとこに入れば生まれ てきた子はウアの子であるとごまかすこと ができると思ったんです八折の家に帰って 足を洗いなさいとありますけれどこれはご 苦だったと奥さんのに帰ってゆっくりくい なさいということなんですねしかもダビデ はウリアに贈り物までしています妻は共に 男主のためにご想かなんかだったのか 分かりませんいりなく親切で愛その良い 態度で彼は接しましたしかし彼の背景には そういう魂胆があったんですねところが このウリアという人は実に忠実で実直の人 でした彼は自分の家に帰ろうとせず応急の ものあたりで寝たんです神の箱も イスラエルもユダのカに住み主人ヨアも そのケたちも戦場で戦っているのに自分 だけが家に帰り食べたり飲んだりして妻と 寝るようなことはできるだろうかそんな ことは決してできないと思ったんですね その隠蔽工作が失敗に終わると次にダビデ が考えたことは売に酒を飲ませてなんとか 家に帰らせようとしたんです酒を飲ませて 酔わせれば気分が良くなって帰るのでない かと思ったんですねしかし売はそれでも 自分の家に変ることしませんでした自分の 主君のケたちと一緒になって自分の寝床で 寝ました彼はどこでも忠実に宿に仕えよう としていたんですしかしダビデにとって
その実直さが本当に邪魔になってきました 何という皮肉でしょうか 14節から25節までご覧になって ください朝になってダビデはヨアに手紙を 書きウリアに持たせたその手紙にはこう 書かれてあったウリアは激戦の真正明に 出し彼を残してあなた方は知りとき彼が 打たれて死ぬようにせよアブは町を見張っ ていたのでその町の力ある者たちがいると 分かってる場所にウリアを配置したとその 町のが出て来てヨブと戦った時民のうち ダビデがケラたちが倒れ下人ウリアを戦死 したその使いを送って戦いの一部詩を ダビデに報告する時下に命じていった戦い の一部指示を王に報告し終わった時もし王 が怒りをはしてお前になぜあなた方は そんなに町に近づいて戦ったのか城壁の上 から彼がいかけてくるのを知らなかったの かエルシのこアメルを打ち殺したのは誰で あったか1人の女が城壁の上から引きをの 上石を投げつけて手骨で彼を殺したのでは なかったかどうしてそんなに上役に近づい たのかと言われたらあなたのキャラ下人 ウリア死にましたと言いなさいこうして 死者は出かけてダビデのとこに来てユの 伝言を全て伝えた死者はダビデに言った敵 は私たちも優勢で私たちに向かって野に出 てきまし たが私たちの私たちは門の入り口まで帰ら を攻めていきました すると上の上から伊たちがあなたのケたち に矢をいかけ王のケたちが死にあなたの 未来あケえ人ウリアも死にましたダビデは 下に言ったあなたはヤにこう言わなきゃ ならないこのことで心配するな剣はこちら のももあちらのもも滅ぼすのだあなたは町 を一層に激しい攻撃しそれを全滅せよ あなたは彼を力づけ なさいウアがなかなか家に帰らないのを見 ては次に考えたことは実に恐ろしいこと でした彼を戦いの最前線に送り込み彼が 死ぬようにさせたのです朝になっ てダビデはヨアに手紙を書きそれを売や 本人の手に託しましたその手紙にはウリア を激戦の真正明に出し打たれて死につよう と書いてありまし たヨアブはダビドの命令を実行しウリアが 戦死するように仕掛けました案の女ウアは 戦いで死んでしまいましたダビデが殺した んですダビデは自分の罪を隠しきれないと 知るとそれを責める立場になるウリアを 抹殺することで自分の身を守ろうとしたん ですねカの罪を取りてるために何の罪も ない忠実な部下を殺すことというさらに 大きな罪を重ねました罪はこのように新た
な罪を生み膨れ上がっていきます 皆さんもこんな経験ないでしょうか1つ 取りてるために嘘をつきますそれを隠す ためにまた第2第3の嘘を使つかなければ ならなくなってくる時があるんですね そして嘘がどんどん吹き上がっていくん です18節をご覧くださいヨアは人を 使わしてこのことをダビデに報告しました 本来であれは司令官の責任問題になるん ですね 要ばこの戦闘の一部指示をダビデに報告 する際にもし王がそれを聞いて一通りなぜ そんな作戦を行ったのかといかるようなら あなたのケ下人ウリアも死にましたといえ と命じました21節にある1人の女が城壁 の上から引きinstの上しを投げつけて テベスでアビメルクを殺したというのは四 の9章にある出来事なん ですいしい 将軍アビメルクは敵を負って矢倉に近づき それに火をつけようとした時に1人の女が 矢倉の上から石を落としましたアビ メレククイ に近づきはならないというのが戦いの鉄則 でしたしかしヨアはこの鉄則を破り情に 近づいて敵が放つ矢を防ぐことができませ んでしたしかしそのことでダビデが月光し たらこう言えばいいのですあなたのケラ 下人ウアも死にましたするとダビデはどの ように反応したでしょうか25節をご覧 くださいあなたはブにこう言いなさいこの ことに心を痛めるな剣はこちらのもの あちらのものも食いつくものだあなたは町 を一層激しく攻撃しそれを全滅させよう あなたは彼に彼を彼を力づけなさいどう いうことでしょう か心配するな戦争なんだから人が死ぬのは 仕方がないだからこれ以後頑張って敵を 攻撃し全滅させようと激励しているんです ねダビデはユアに何も言うことはできませ んでしただってそのようにするように命じ たのはダビデ本人だからですウリアは ダビデの意思によってその命令によって 殺されたのですダビデは彼を殺しました それを戦争なんだから仕方がないと予想て いるんですダビデはこの罪は単なる人殺し は終わらないさらに深いものへとさらに 大きな罪となっていくんですね26節27 節をご覧になってくださいウリアの妻は 自分の夫ウリアが死んだことを聞いて夫の ために痛み悲しんだ無が開けるとダビデは 人をやり彼女を自分の家に迎えれた彼女は 彼の妻となり男の子を生んだしかしダビデ が行ったことは死の見を損なっ たウリアの妻私は自分の夫が死んだことを
聞き悲しみました森服する期間は7日間 でした無が開けるとダビドは人を使わして 彼女を自分の家に迎えれ自分の妻としまし た時間が経つと会員によって彼女が見守っ ていたことを分かると明るみ出てしまい ますよねそれで彼は藻が開けるとすぐに 彼女を自分の家に迎えれたんですそして 自分の妻としたん ですその後彼女は男男の子を生みまし た全てが計画通りだったんですダビデと スリの使いのものまたヨア以外は誰もこの ことについて死にませんでした彼は完璧だ と思ったんです誰も知らない安心だしかし 彼が行ったことは神の見を損ないました 人間的には上辺をの罪を大い隠者としても 上手に分からないしたとして も神様は決してそれを見越すことされない んです神様私たちをいつも見取られます 上辺ではありません私たちの内側をいつも 見取られ ます私たちの同機を見取られんですねその 後どうなったでしょうか主はナタンを ダビドのとこに使わしました彼は応急月の 予言者でした大き月の予言者と は王の個人的な助言者でもあったん ですそのナタンがダビドのところに来て1 つの例え話をしまし たそれ で豊かに飛んでいる人と貧し人の反でした 飛んでる人には多くの羊と牛の群が今まし たが貧しい1人は1匹の小さなメの小羊他 に何も持っていませんでしたそこに1人の 旅人がやってきましたそこに飛んでる人は どうしたかと言いますとこの旅人を もてなすために自分の羊や牛の群れから 取って料理するのを惜しんだんです ねそして貧し人のメスの小羊筋を奪い取っ たんです自分のとこに来た人のために料理 をしました するとダビデはその男に怒りを燃やして そんなことをしたい男は死に値する死刑を 宣告しその貧しい男にメの子羊を4番して つつってつがすぐらようにと宣告しました ダビデは悪に対する生り義父を抱いてい ましたそれが自分であるということを 気づきませんでしたこれが私たち人間姿な んです私たち人間は罪の中にいる時に罪に 対して非常に厳しい態度を取るんです人に 対しては厳しく取るんですあたはこうした ああしたこんな悪してるねといっぱい言う んです ねしかしこれが自分の姿であると全く 気づいてない時あるんですダビデは他人の 妻に対して非常に厳しい態度を取りつつも それを自分と同じ罪とだと理解はできて
ませんでし た両親について新学聖書では両親が麻痺 すると書いてある箇所がテモテ第の4章1 世2節にあり ますしかし三玉が明らかに言われるように 後の時になるとある人たちはある人たちは 惑わす霊と悪との教えに心を奪われ信仰 から離れるようになりますそれは嘘つき どもの未然によるもので帰らの両親は麻て あり ますこれこのように御言葉であるんですね でこのように両親が麻してる両親のとを 感じることがなくなっていくんですだから 平気で人を殺したりまた人を騙したりお金 を奪っ たり様々な悪事を働くんです ねさて皆様はこのダビデ王が犯した罪を どう思わ思われますでしょう か私はこのような見にくいことを許せませ んと思われる方がたくさんいらっしゃると 思います私はこのようこと絶対しませんと いう方もたくさんいらっしゃると思い ます私たちは要するにこの社会に来ていて 上を見るんですね人の上を見て上で判断 するんですこの人は絶対にそんなことない いい人だと上見て思うんですしかし彼の 心中は分からないんです そんなことたくさんあるんじゃない でしょう かマルコの印章7章の20節23節には このようにあります内側からすなわち人の 心から出てくるもの悪い考え不貧困盗み 殺人会員貪欲横島あき公職妬み組し高ぶり 愚かであるとこれの悪はみな内側から出て 人を怪我すんですとあるんです ね皆様方 に並んでいる御言葉を見て私はこのような ことを1つもやったことがありませ ん心の中でそんなこと考えたこともあり ません私 は正しい人間ですって言えるでしょうか 絶対にそんなこと言えませんよねもし私は こんなことしたことありませんてことを 断言できるならばその断言してること自体 がそもそも罪なんです絶対無理だだから おし人間は絶対に神様のような正しいもん じゃありません罪です から予言者なたは例え番所してダビデに罪 を指摘しました当たり前ですよねナタンは 予言者です神様の言葉を伝える人です ダビデは自分の犯した誤ち罪を認め食い ましたダビデは支援の中でその時の信教を 書き手しています 四辺の32編1節5節これダビデの祈り ですけど御言葉をお読みしたいと思います
幸いなことよそのきを許され罪を覆われた 人は幸いなことよ主は戸をお認めになら ない人そのえ霊に向きのない人は私は黙っ ていた時には1日うめいて私のほぼはつり 果てましたそれは見てが昼も夜も私のに 重くのしかかり私のことの秀で乾切った からです私は自分の罪をあなたに知らせ私 の戸を隠しませんでした私は申しました私 の相向きの罪を主に告白しようすると あなたは私の罪のとを許されました現代に 生きる私たちはどうでしょうか神様の言葉 である聖書をどのように私たちに警告して いるんでしょうか誠の神様は義なる聖なる お方です一ての汚もないお方ですそのお方 ので私は罪を犯したことがありませんと 断言できますでしょうか私たちはいつか 死にます明日かもしれませんまた1年後か もしれませ ん何年後かかも分かりません私たちには 死後全くいつ死ぬか分からないんです ねしかし人間はいつか死に ます人は死で終わりではないんですマの神 様の前に立つ時が来るんですね ヘブルの手紙の9章の27節にそして人間 は1度死ぬこととしにさきがあることを 定まっていると書いてあり ますしかし聖書は素晴らしい救いの道をも 教えていますダビデ王がそうしたように心 から減りくって自分自身が罪であることを 告白し自分にあったことの重大性を認識し て食いためそして勇を求める時にアミ深い 神様はその罪を理してくださいますそして その罪からの救いの道を開いてくださった のが実はイエス様なん ですイエス様はあの十字架の上で私たちの 罪の刑罰 を罰を代りとして受けてくださいました 身代わりとして死んでくださいました3日 目に蘇って多くの弟子たちの前に現れて くださいまし たそしてご自身が誠の神であり誠の救い あることを示してくださったん ですイエス様があの十字の上流された地 は私たちを 許し私たちをに永遠の位を与えそして神の 子供となる特権が与えられ今神様を真実に 礼拝するもと私は変えられるんです ねさてクリスチャンの皆様ダビデ王はなぜ こんな大きな罪をおかしてしまったん でしょうか原因は彼が傲慢になり最初彼が 持っていた謙虚さを見失った結果ですよ ね謙虚と傲慢愛たする言葉ですが私たち クリスチャンにとってとても重要な言葉 です私はこの夏IBCのデイビッド武士 からこのように質問されました島さん
私たちが神様に従っていくのにに1番大切 なことは何だと思います か私は頭の中でいろんな巡ったんです言葉 がね巡ったんこれを言おうかあれ言おうか でもこれ間違えたらどうしようかなんか 間違った恥ずかしいなとい考えたんですね でまバっとめくっていう時にデイビッドと 牧師が一言で謙虚ですて言われたんです私 はその遠いだなと思いましたクシにとって この謙虚というのは何をするにも大切なん ですね私たちの日々の歩みをにはとても 大切な教えであるっていうことを本当に その時学びことできまし たリビトの手紙の2章の3節4節にこう いう御言葉があります何事でも事故中心や 共栄からすることなく減りたって互いに人 を自分より優れたものと思いなさい自分の ことだけではなく他他の人も帰りみなさい 私たちは今日教会で様々人と交わり ますまた奉仕する時もあります聖書を読み 聖書のメッセージを聞く時もあり ますそれだけじゃありません社会に生き てく上生きていく上にもこの謙虚さが 私たちの証しとなる時があり ますそこにあるのは神様からの至福なん です ね何でも謙虚に対していくいうことは すごく素晴らしいことだと思いますそれが 私の土台となればもっと素晴らしいですよ ねその反対に傲慢高ぶりは神様を見失って 自己中心的な的な考え になってしまうん です周りの人が今置かれてる状況を危惧し てね声かけてくれてそして今どうですか ちょっとまずいんじゃないですかと注意し たとしてもその声に耳をかさず自分が 正しいんだそんなことどうのめ私は私なん だと思ってしまっ て怒りを持ってしまってそして心の中で像 がでうめくれて本当にえ悪感情が心を試し てしまったらどうでしょう か私たちは罪の力にすぐ負けてしまうん ですそして喜びも消えてしまうんです そこには平和など全くありませんもちろん 聖書を呼んだりまたメッセージを聞いたり できますしかしできたとしても自分の思い を優先してしまうんですね聖書はこう言っ てる けれどこう言ってるけれど言うんです私は こう 思ういつから私たちは神様よりおいになっ たんでしょうかね聖書が言ってることを 信じできなくなってくるんです ねそのそのような思いが土台にあるならば ダビデのように罪の誘惑に私たちは負けて
しまいますではどうすればいいんでしょう かヨの印章の14章17冊 にこういう言葉がありますその方は心理の 見たです要はその方を受けることはでき ません要はその方を見もせず意もしない からですしかしあなた方はその方を知って いますその方はあなた方と住みあなた方の うちにおられるからですという言葉あり ます聖霊な神様はいつも信仰者のうちに いらっしゃるんですその神様にいつも心の 反論を握って いただくそして運転していただくことが出 た大なんですねこの例えが良いのかない ましたけどタシに例えたと思います私たち はイエス様を信じて天国行のタクシーに 乗るよにいます天国タクシーが来ました 運転士さんは精霊なる神様です私たちは その運転士さんに全てをお任せしていくん です途中で危険な場所もありますまた誘惑 の一ぱいな場所もあります困難な場所も あります山があり谷がありますその全てを 運転士さんはクリアして最終到着点の天国 に着くんです ね私たちにしたことは何でしょうか後ろに 乗ってその運転士さんと聖霊な神様と一緒 に体験するんです山に山に谷なり体験し ますこんなの場所あってもそこにっても 体験します一緒に遊びてちゃいますよ体験 しますでそんなことをね全部乗り越えて いくことできるんです聖霊な神様私たちに うちにおられるからなんです ねしかし私たちがタシに乗ってる途中周り を見てあの街素晴らしいなあこっちを見て こっちの街誘惑いっぱいあるなって楽しい だろうな思って一緒に乗っているのに周り を見て魅力のある場所に目が入ってしまっ てちょっと運転さんごめんなさいドア開け て降りて行ってしまったどうでしょうかそ したらそこに行ってそこで楽しいことをし て時間が経ってパッと気がつくんですねあ 私タシに乗ってきたんだてあの運転さん どうしてるかなと思って走ってバー戻り ますしかし戻って行ったらその運転さん 待ってるんですねハンドル握ってで乗って しまったねごめんなさい本当は運転さん めちゃくちゃ怒ってると思うんですよね あの神様がね本当に怒ってらし思いますよ 私たちが違う方向に行ってしまえばしかし 運転さん運転してずっと走っていて天国に 着くんですもつ問題はその町に遊び行って しまってそして全然帰ってこない運転さん 待たしたまんま全く帰ってこない何年待っ ても帰ってこないねその時どうなるん でしょうかもうどう閉めてその皆さん天国 行ってしまうかわかりませんよねそれと
残されてるんですでもそれ人初めからね そのタに乗って行く気が全くなかったん です遊ぶことが優先だったんです ねそのようになってしまう危険性があると いうことです私たちに はヨハ印章の14章の26節にこうあり ます助けるしすなわち父が私の名によって おわしになる精霊はあなたがに全てのこと を教えまた私があなた方に反した全ての ことを思い起こさせてくださいますてある んです ね私たちは実際に様々な問題誘惑困難が ありますしかし私たちが自分で戦うんじゃ なくって私たちのうちに神様が いらっしゃるんだということを深く信じて ねそしてその神様に全てお任せして私たち は行けるですよねその運転席を持ってるん です ね世の人はその運転席ないんですしかし神 様の共に運転席に座り共に困難道を歩んで いきるとこがあるんですねじゃあ私たちは そこに座るべきなんです自分で戦っても 戦えないんです自分で困難を乗り越えても 乗り越えられないんです神様が乗り越えて くださるんです大切なのは私たちの信仰 ですしな神様の約束を信じてそしてこの 謙虚というね言葉をいつも心に知して信仰 を持って会んでいくことが大切なんですね 謙虚と 傲慢反対言葉ですね私たちが謙虚にそして 死の前に減り下って会でいく時に神様は 私たちを本当に大いし導てくださいます 私たちが神様必要ない自分の道は自分で 歩んでいくんだと傲慢になってしまえば 私たちは素晴らしい祝福を失ってしまう ことになってしまうんですですからどうか そのことをここに止めて謙虚という言葉を ねどうかもう1度私たち は覚えてこれからの信仰生活歩んでいき たいと思いますえそれではお祈りしたいと 思い ますえ神様え今日もこのようにあなたの 御言葉を語ることが許されて神様心へ感謝 いたしますどうか私たちが日々の生活に おいてへりくだりそして神様を信頼して 会いもんでありますように様々な困難試練 がありますけど神様は私たち共に いらっしゃいます私たちを導てください ますまた私たちはその神様を信頼して歩む という素晴らしい特権にありますどうか その恵なる神様を信じて信頼してそして 歩むことできますように1人導てください えこの人時は感謝しイエス様のお名前に よってお祈りいたします アメン