石原 慎太郎(いしはら しんたろう、1932年〈昭和7年〉生まれ
異彩の“太陽”~作家であり、政治家。

昭和から、カリスマ性と強力なリーダーシップで一時代を築いた人物。
石原のデビューは鮮烈だった。一橋大学在学中の昭和31年、小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞。若者の性と暴力を描き、既存の価値観を打ち破るかのような作品に「太陽族」という流行語も生まれ、一躍、文壇の寵児となった。作家・石原が政界に打って出たのは、昭和43年。参議院選挙の全国区に自民党から立候補して300万を超える票を獲得し、初当選。
政治の世界に舞台を移しても、血気盛んな“石原流”は健在だった。
昭和48年に、自主憲法の制定などを唱え、故・中川一郎元農林水産大臣や故・渡辺美智雄元外務大臣らと派閥横断的な政策集団「青嵐会」を結成。
石原は、昭和の大スター、裕次郎の2歳違いの兄であり、自民党の元幹事長・伸晃らの父親で、一族は「石原ファミリー」と呼ばれた。

「東京から国を変える」
石原は、次々と有言実行に移していく。
都心の観光名所を駆け抜けるコースで、国内最大規模の市民マラソンとなる東京マラソンを実現。また、金融機関による貸し渋りなどに苦しむ中小企業に融資するため、都が1000億円を出資して新銀行東京を開業した。羽田空港の国際化や東京オリンピックの誘致にも取り組んだ。
石原の対象は外交分野にも及んだ。
中国が沖縄・尖閣諸島の領有権の主張を強めたことから、平成24年には、個人所有だった尖閣諸島を都として購入する考えを表明。購入資金として、都にはおよそ14億円の寄付金が集まった。結局、島は国有化されることになったが、国の外交に一石を投じた。

参議院議員(1期)、環境庁長官(福田赳夫内閣)、運輸大臣(竹下内閣)、東京都知事(第14代 – 17代)、衆議院議員(9期)、日本維新の会代表、共同代表、次世代の党最高顧問などを歴任。

3件のコメント

  1. 湾岸戦争でアメリカが参戦を決定した途端、ブレイディ財務長官が戦費調達で来日しました。

    ホテルニューオータニ前の料亭「福田家」にて、開口一番アメリカは戦費が欠乏しており、日本が40億ドル負担するよう要求したそうです。

    対するは、海部内閣の四閣僚(大蔵、外務、通産、官房)。

    そんな巨額をいきなり出せと言われても、出せるものではないと回答。

    ブレイディは重ねて要求を繰り返し、同じ答えを繰り返す応酬が3度続いたそうです。

    「分かった。それでは私はこれでアメリカに帰るが、アメリカ政府は日本の返答をを聞かされてさぞ失望するだろう。これで日米関係は必ず悪くなるだろうが、それはあくまでもあなた方四人の責任ですぞ。それを承知の上での返答でしょうな。」

    そう言い捨て、立ち上がるのを四人は慌てて引き止め、海部首相なんてすっ飛ばして、小沢幹事長、金丸信に相談し、飲まされてしまったのです。

    ブレイディは東京滞在わずか四時間でワシントンへとんぼ帰り。

    プレスインタビューで記者からの質問に対して不機嫌そうに話したそうです。

    「日本が戦費支出を断ったのか」

    「そんなことはない」

    「ならば額が少なすぎたのか」

    「日本は40億ドルの要求を呑んだ」(肩をすくめながら話す)

    あまりの巨額に記者達に驚きの声が上がる。

    「僅か四時間の東京滞在で大成功だし、旅の疲れはあるだろうが、何故そんなに不機嫌なのか」

    ブレイディはニヤッと笑って、肩をすくめ、

    「僕はこの交渉に2、3日かかると覚悟していたが、やつらは一喝したらいとも簡単にOKした。こんなことなら最初からもっとふっかけりゃ良かった」

    記者達は全員大笑いしたそうです。

    (石原慎太郎著 「国家なる幻影」より)

    ※最終的に130億ドルを拠出

     しかし、クウェート政府がアメリカの主要紙に支援国30か国に対して感謝広告を出すが、日本の名前はありませんでした。

    僕はずっと前から外国人記者クラブのアソシエイトメンバーでね、人の作戦漏らすからさ、その後、あまり行かないんだけど、

    いつも論争する仲のいいような悪いようなのがいる。

    そいつがこないだにやにや笑っていった。

    金利を上げる前のG7(先進七カ国蔵相・中央銀行総裁会議)で宮沢大蔵大臣は、サマーズ(前財務長官)に呼びつけられて、

    サマーズに一喝されて、「わかりました、上げません」なんて帰ってくるんだ。

    サマーズは、その後、四人いたスタッフに、「ほら見ろ、あのチビ、おれが一喝したら、いうとおりになっただろう」と。

    それからつづけて、「あいつはな、おれがいったら、みんなの前でパンツでも脱ぐぞ」といってたそうだ。

    そういうことが、あそこに行くと、こちらの耳に入ってくるわけだ、十日くらい遅れて。

    嫌だねぇ、なめられ切ってね。

    本当に情けない。

    (大下英治著 「石原慎太郎の宣戦布告」 62頁 石原氏の発言)

    アメリカは国際関係の中で、アメリカ企業に不利なプロジェクトは情報操作してでも潰しますよ。

    フランスやドイツはそれに怒りながら付き合っている。

    日本は唯々諾々と従っているだけでね。

    ヨーロッパからはアメリカの下僕じゃないかって笑われてますよ。

    アメリカの国債って、日本がほとんど買ってるんですよ。

    貿易の上がりをほとんどアメリカの国債につぎ込んでる。

    滅茶苦茶ですよ、この国は。

    (ビートたけし対談集 「頂上対談」 石原氏の発言)

    日本が降伏した日、向こう付けでは八月十四日のニューヨーク・タイムズの論説で、

    そこには巨大な醜悪な怪物が倒れて横たわり、

    そのあんぐり開いた口の中から二人のGI(アメリカ兵)が大きなヤットコで牙を抜いている漫画が添えられていた。

    論の趣旨は、「この化け物は一応降伏はしたがまだまだ安心はならず、

    我々は永遠にかかっても徹底してこの怪物の牙と骨を抜き去らなくてはならぬ」、というものだった。

    読むだけで、一足先に降伏したナチス・ドイツとは違って、

    彼等にとっての日本なる国家はいかなる意味でも許容出来ぬ存在だったのがよくわかる。

    (石原慎太郎著 「国家なる幻影」より 591~592頁)

  2. 最後まで苦痛に耐えて聞いたが
    政治家としての成果には何も言っていない。
    14年間も都知事でありながらこれといって成果も実績もない
    石原慎太郎という口だけの男を持ち上げなければならない右翼に同情する。

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